2016
06.23

すばらしく美しい未来

Category: 感性シリーズ

すばらしく美しい未来をつくるのは我々じゃないの?
緑、花、青い空、水のイメージがありながら、なおかつ未来を夢見る。
そんな中で人は育まれる。

花を見て怒ったり腹を立てる人はいないし、
青葉を見て、せせらぎの音を聞いて、喜ばない人はいないと思います。

平気で破壊しないでください。
必要があって破壊しなければならない時は、
自然に謝ってから、同意を得てからに、と思いますよ。




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2014
11.04

療法というもの

Category: 感性シリーズ
絵画療法(芸術療法)に関する本を読んでいて 「風景構成法」 を知りました。

【風景構成法は、
統合失調症患者への描画を介した治療的接近の可能性、適用性の追求
というきわめて実践的な見地から、中井久夫によって1969年に創案され、
1970年に報告された絵画療法(芸術療法)の一技法である。】
              Wikipedia より


中井先生は、箱庭療法の河合隼雄先生の流れを汲む方です。

療法だとかセラピーだとかは、まあ横に置いて (難しいことは知らん知らん)、
描きたくなって、一人で (セラピスト不在!) で描いてみました。

①段階 川、山、田、道
②段階 家、木、人
③段階 花、動物、石、岩 プラスしたいもの


ふんふん川ね、あぁ山、田んぼか、道ね、家や人ねと進めていく内に、
本を読んでいたときに、
ワタシだったらこんなふうにと想像していた自分の絵とは
違うことに増して、気分が違ってくることに気づきました。

実際に描いていると、次々新しいアイデアが浮かんで、
思いもかけなかった道のつけ方をしていたり、
これも描こうとポンポンひとりでに付け加えていました。
そんな自分に アレッ アレッ の連続でした。
そしてこのプロセスが楽しいのです。

ちょっと描いただけなのに、この心地よさと楽しさは貴重な経験でした。
自分の内からでてくるくるものに素直に従い表現するって面白いね~と、
これだけ湧き起こってくるものなのだと、改めて実感しました。

なんらかの症状がでて病名をつけられた人も、そうでない人も、同じだわ。
自浄作用とか癒しとかが起こるんだわ。
新しい自分を発見する喜びがあるんだわ。

教えられたこと、常識というもの、成績、等々 等々、
人類 (!) には諸々の縛りがありますものね。

「絵を描く」 ことと 「絵画療法 - 風景構成法」 は同じようでいて、違うものでした。



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2014
03.12

「個性」

Category: 感性シリーズ
みなさん個性が強いです、と言ったら、「個性」 は強い弱いとは言わないと
教えていただいたことがあります。

 個性は、在るもの、
 あなたは、癖が強いということを言ってるのです。
 それは個性ではない。
 みな意地が強いだけ。 

 個性は、塑性(S) 粘性(N) 弾性(D) の組み合わせ。 
   (S・N・D の説明 → ) 

 S・N・D の何が優位か、あるいは何が劣位かが個性です。

 意地っぱり、などとは別です。

 individuality の間違った用語の使い方です。



 気質をより立体的に観るには、
 電流と磁場に関するフレミングの左手の法則を思いだそう。

 場  一 存在の能力・場の特性を観たのが S・N・D
 力  一 魅力
 方向 一 理性 筋


 場・力・方向 で観ると、立体化し、S・N・D の三角形が立ち上がり、
 人の特性や気質がさらに深く理解できます。



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2013
07.25

かよわい花

Category: 感性シリーズ
かよわい花

かよわい花です
もろげな花です
はかない花の命です
朝さく花の朝がおは
昼にはしぼんでしまいます
昼さく花の昼がおは
夕方しぼんでしまいます
夕方に咲く夕がおは
朝にはしぼんでしまいます
みんな短い命です
けれども時間を守ります
そうしてさっさと帰ります
どこかへ帰ってしまいます



     130725.jpg



いさぎよさと、達観からしかでてこない言葉だと思います。
誰の詩なのかは知りません。





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2012
12.18

常識と制限感

Category: 感性シリーズ
新しい時代とは、どんな時代なのでしょうか。

これは先ず思想でしょう。
思想を完全に新しくする。

古いということ、古いものは、
それは 「習慣」 という形で我々の中に宿っています。

今までに 「常識」 と思われる習慣の観察と打破が、大テーマです。

どれだけ新しい感覚、感性を身につけるか。



自分の中に 「制限感」 がある。
それが習慣です。

もし制限感がなかったら、習慣というものは存在しない。

習慣というものは、その人を制限するものです。
ですから人は、制限の中に生きていることになります。


ほとんどの場合、習慣の中に人は思想をつくりあげています。
考え方、生き方、人との付き合いの仕方など、長い習慣の結果です。

習慣の中で作られた基準のメジャーで観察し、
習慣で作られた基準で人を見、分類し、自分との関係を確立しているのです。

この習慣を打破するのには一体どうするか。

習慣というのは、その人にとっては、当然の当たり前のことです。
その今まで当然と思われ、当たり前のことが人を縛っている。
厄介なところですよね。

ここに気付くことからだと思います。


沈黙の新しい時代の流れを受動する感覚・感性が必要なはずです・・





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